砥石種別の研磨痕画像

丸尾山砥石を中心に各種の天然仕上砥石で切出しを研ぎ,地鉄と鋼部分を顕微鏡写真撮影したものです。砥石と研磨痕の関係について参考になれば幸いです。顕微鏡画像の撮影範囲(横幅)は6mmです。研ぎはできるだけ力を抜いて仕上げています。時間は数分以内です。画像は白LED照明の色ムラがあり,画像間での色の比較はしないほうがよいと思います。

光の反射度合いを見るために,文字の写り込み具合も掲載しています。こちらは遠方から白LEDの硬い光で照明し,切刃に写り込んだ文字の鮮明度で曇り具合を判別できます。刃物の傾きで見栄えが大きく変わるので厳密な再現性はなく,大まかな目安と思って下さい。

砥石表面の画像も掲載しています。手持ちで眼に近づけた程度の撮影倍率です。12V-50WハロゲンランプにLBDフィルタを入れて演色性の高い照明にしています。しかし砥石の種類によっては冷陰極管のバックライト照明(ノートパソコンなどの液晶モニタ)では正しい色再現にならないと思います。

(ご注意)研磨痕と切れ味は必ずしも比例しません。鉋の薄削りなど,切る素材と刃物を固定した上で比較検討すればある程度の関係は認められるかもしれませんが,実用の研ぎにおいてはそれほど差は出てこないものと思います。 砥石にご興味ある方はこちらこちらもご覧下さい。



切出し本体


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骨董市で購入した切出しです。地鉄は軟鉄で鍛えられた痕跡が見えます。鋼は炭素鋼と思います。刃先長さ35mmです。よく切れる刃物で,地鉄の模様は砥石により様々に変化します。





画像の見方


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照明は刃先から刃元の方向に照らしています。照明の開き角は15度,照明光は切刃面に対して5〜10度の角度です(顕微鏡対物レンズは当然,切刃に対して90度の角度です)。このため,切刃の傷が粗いほど光が拡散され,白っぽく見えます。鏡面に近づくと光は整反射して逃げるのでレンズに入らず,切刃は黒っぽくなってきます。地鉄にある細い線状の模様は砥石の目の細かさによって浮き出たり消えたりします。砥石面に研磨力のムラがある場合は,研磨痕にムラができます。このような点に着目して画像を観察すると,刃先の仕上がり具合の差異がわかりやすいことと思います。





青砥(丹波)


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砥取家様より購入の青砥による研磨痕です。青砥は仕上砥ではありませんので,傷が目立ちます。注目すべき部分は,刃境が比較的くっきりとしていることです。地鉄を見ると,傷の中にも模様が見えています。この画像を下の仕上げ砥石の画像と比較すると,青砥の本性は仕上砥石で,そこに適量の中砥を混ぜたのではないかと言いたくなります。なお,この青砥は比較的詰まっていて泥も粘ることがなく,とても品質がよいと感じます。





丸尾山 戸前(色物)


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比較的緻密で均一な研ぎ上がりです。全面あっさりとした曇り方で,鏡面にはなりません。わずかに研磨にムラがありますが,これは深い傷ではありません。重すぎずべたつかない研ぎ味で,硬すぎず軟らかすぎず,とても使いやすい良い砥石です。切れ味も良好です。





丸尾山 天上戸前(色物)


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戸前(色物)と似た仕上がりですが,こちらの方が研磨ムラが多いです。肉眼で見ると深い傷のように見えますが,顕微鏡で見ると傷はごく浅いもので,刃物にダメージを与えるようなものではありません。この砥石は非常に吸水性があり,泥が大量に出て,刃物が砥石に貼り付いてしまいます。このような砥石では研磨ムラが出やすいようです。粒子は戸前(色物)よりもわずかに細かいようです。切れ味も問題ありません。





丸尾山 天上戸前


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粒子が非常に均一で申し分のない仕上がりです。曇り系の仕上がりで,地鉄の細かい模様は見えません。粒子の細かさは戸前(色物)と天上戸前(色物)の中間くらいに見えます。研ぎ味はやや粘りがあり泥が多めな感じはありますが,刃当たりは柔らかく,それでいて軟らかすぎない感じです。上の天上戸前(色物)とは似ても似つかぬ感触です。最高級の砥石で,鋼材を選ばずよい刃を付けます。





丸尾山 合さ(梨地)


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鋼の部分は丸尾山砥石砥石の中でも最も緻密な研ぎ上がりです。その一方で地鉄の仕上がりは緻密さと粗さが同居して研ぎムラが多量に表れます。刃境付近の地鉄に細いニ本線があるのですが,その模様が出てきているという点では緻密な研磨,大きな研磨痕が地鉄に見える点では粗いのです。この石はよく吸水し,泥が大量に出ます。研ぎ味は天上戸前(色物)に良く似ていて,研ぎ上がりの画像にも共通点があります。仕上がりは曇り系で,反射率は低め,やや底光りするような印象があります。切れ味は問題ありません。





丸尾山 黄色巣板


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緻密な仕上がりです。研磨痕も適当に拡散していて肉眼でも目立ちません。天上戸前とあまり区別のつかない感じです。研ぎ味も似ています。仕上がりは曇り系で,やや底光りするような感じがありますが,反射率は低めです。黄色巣板は研ぎ出しが早く,刃つきも早く,永切れする万能砥石です。





丸尾山 白巣板


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刃先は緻密で均一な仕上がりですが地鉄に研ぎムラが出ます。曇り系の仕上がりで地鉄の細かい模様は見えません。この石は丸尾山の白巣板でも比較的所期の採掘と思われますが,非常に軟らかく,かなり吸水し,泥が多く出ます。研ぎムラが出やすいのはドロのせいでしょう。研磨力は現在の白巣板と比較すると弱めです。力を抜いて刃先を仕上げるのに適している砥石と思います。この砥石は鋼材を選ぶ感じで,ステンレス系よりは鋼材に向いているようです。





丸尾山 並砥(=大上)


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粒子が非常に均一で申し分のない仕上がりです。これも曇り系の仕上がりで,地鉄の細かい模様は見えません。粒子の細かさは天上戸前と同等に見えます。研ぎ味はやや粘りがありますが,泥はそれほど多くない感じです。刃当たりは柔らかく,それでいて軟らかすぎず,研磨力も強く,高品質の砥石です。





丸尾山 敷戸前


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粒子が細かく均一で申し分のない仕上がりです。やや光沢系の仕上がりで,地鉄の細かい模様は見えませんが,ほかの戸前系や巣板系よりも輝きは上です。粒子の細かさは天上戸前よりも少し細かいかな,という気がします。丸尾山の中では硬質な部類の砥石で,あまり吸水せず,泥も少なめです。それでいて研磨力は大したもので,鉋などにはとても向いている高品質な砥石と思います。





丸尾山 敷内曇


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丸尾山独特の砥石です。粒子が非常に均一で申し分のない仕上がりです。画像でわかるように曇り系の仕上がりで,内曇効果が高く,地鉄の細かい模様は消え去ります。この砥石の場合は鋼に対する研磨力も強く,鋼もよく研ぎおろします。このため鋼もよく曇ります。他の丸尾山砥石と同様に切れ味の優れた刃がつきます。研ぎ味はやや粘りがありますが,泥もそれほど気にならず,さらりさらりと研いでいくと鋭い刃がつきます。素晴らしい砥石と思います。





丸尾山 新大上


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丸尾山の並砥層に産出する砥石です。大上よりも粒子が細かく密に詰まっており,比較的硬口で,砥泥に粘りけが少ない感じで,申し分のない仕上がりです。仕上がりは緻密で輝き系です。地鉄も明るく仕上がります。素晴らしい砥石です。





丸尾山 千枚


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粒子が非常に均一で申し分のない仕上がりです。よく締まっていて,比較的硬口で,粒子は細かいです。砥泥に粘りが少なく,サラサラと研いでも研磨が進みます。仕上がりは輝き系で,地鉄も明るく仕上がります。反射率も高めです。文句のつけようがない最高の砥石です。





八ノ尾


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砥取家から新たに供給され始めた砥石で,「やつのお」を読むそうです。粒子が非常に均一で研磨力も高く,砥泥の粘りも小さい良い石です。丸尾山の代表的な巣板や戸前と比較しても遜色のない,緻密に曇る,切れ味のよい仕上がりです。





鳴滝 巣板


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研ぎの専門家に鳴滝の巣板であろうとアドバイスをいただいた砥石です。ヒケ傷がありますが,これは別の砥石によりついた傷です。全体的に緻密な仕上がりで,地鉄の模様も浮き出てきています。研磨力は丸尾山の砥石よりも低いですが,研磨ムラも少なく,優秀な砥石です。よく曇りますが,鋼の部分は比較的輝きます。





神前 巣板


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粒子が細かく鏡面に近い仕上がりです。鋼はよく光を反射するようになるので黒々としてきています。地鉄の模様は鮮明に浮き出てきています。この砥石は筋がたくさんありますが,どれも当たらずに研ぐことができます。丸尾山砥石と同等レベルの高い研磨力があり,研ぎ味はサラサラとした独特のものです。砥泥に粘りがありません。鋼材を選ぶことがなく,どのような刃物の仕上げにも使えます。地鉄と鋼が明るく仕上がり,やや鏡面系の反射率があります。切れ味も申し分ありません。最高級の砥石と思います。





出所不明 仕上砥石


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緻密で鏡面に近いわずかに曇り系の仕上がりです。地鉄の細かい模様もちゃんと出ています。この砥石は針気が多く使い物にならなかったのですが,裏側を面付けしてみると素晴らしい砥石でした。東急ハンズのセール品で買ったもので仕入れは今西砥石,採掘場所は不明です。色と研ぎ味からは大突か尾崎かという感じですがわかりません。すぐに真っ黒な鉄華が出て切出しや鉋の仕上げに十分使える良い石です。





出所不明 仕上砥石


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鏡面系の仕上がりで申し分ありません。顕微鏡的には地鉄の模様もくっきりと出てきています。この砥石は筋が多いのが難点ですが粒子が細かく仕上げに最適です。東急ハンズのセール品で買ったもので,今西砥石の製品だと思います。出所は不明ですが大平の戸前に似ています。安価なレザーサイズのコッパでも十分使えるものがあるという見本です。





出所不明 仕上げ砥石


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針気があるようで傷だらけの仕上がりです。その点を除けば非常に緻密な仕上がりで申し分のないだけに残念です。この砥石は東急ハンズで購入したもので,全体灰色で斑模様美しく,見かけで購入したようなものです。研ぎ味は硬く,食いつきも強いです。砥泥はほとんどでないのでべたつきはありません。安価なコッパを買うとハズレることもあるという見本です。

そう思っていましたら,鉋には素晴らしい相性でした。面の広い刃物では傷がつきにくく,サラサラ研ぐことができます。粒子も細かく,鉋には申し分のない砥石です。





中山 浅黄


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粒子はよく揃い緻密に曇る感じの仕上がりです。地鉄の細かい模様は見えません。粒子の細かさは丸尾山の各砥石と同等レベルに見えます。鋼に対する研磨力もほぼ同等です。しかし鋼材により使い分けが必要です。砥石の硬さはこちらの方が上なので,鉋など平面を重視する刃物にはこちらが適していると思う人もいるでしょう。その反面,ステンレス刃物の仕上げには向きません。硬くて滑ります。丸尾山の砥石はどの層でもステンレス刃物の仕上げに使えます。使いこなせば素晴らしい砥石と思います。





大平 戸前


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鏡面系の仕上がりです。粒子は均一で細かく申し分のない仕上がりです。地鉄の細かい模様もよく出てきています。比較的硬めで粒子が細かいので青砥の後に使うのは無理があります。まず丸尾山の砥石で研ぎ,次に神前産の巣板で研ぎ,それからこの砥石にかけるとちょうど良い感じです。切れ味も申し分なく,非常に優秀な砥石と思います。





出所不明 巣板? 浅黄


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宮大工さんに紹介してもらい入手した出所不明の巣板です。驚くほど粒子が細かく,食い付きも強く,研ぎが難しいですが,尾崎産合砥に次ぐ輝きをみせます。地鉄がくっきりと出てきて輝きます。使いこなしは難しいですが,筆者の最高の遊び相手です。





尾崎 仕上砥(+市木産巣板名倉)


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ひじょうに美しい鏡面に仕上がります。鋼の輝きは素晴らしく,地鉄の模様は鮮明に浮き上がります。この仕上がりは所有している他の砥石とはまったくレベルが違います。食い付きが強く,小さな刃物でも研ぐのに苦労します。そのままで力を入れると傷が入ります。そこで市木産の巣板を名倉としますが,砥泥を出すほどには使いません。数滴の水を垂らして市木産の巣板を合わせ,軽く摺り合わせて水がわずかに濁る程度にします。その状態で研ぎます。この砥石の前には神前産巣板,大平産戸前をかけておかないと,それ以前の傷がなかなか消えずに苦労します。普通の戸前や巣板が荒砥に感じるくらいです。この砥石は,ほぼ吸水せず,ひじょうに硬く,技術を要しますが使いこなすと素晴らしく美しい刃先の仕上がりになります。切れ味も申し分なく,画像の切り出しで毛髪を毛先に向かって切ったり輪切りにしたりすることができます。申し分のない最高級砥石と思います。





所感


研磨力の点から見ると,丸尾山砥石が抜きんでているように感じます。このレベルで研磨が進むのは他に中山(浅黄)と神前産巣板です。丸尾山砥石の研磨力の高さは,その適度な粗さと砥粒の形態にあるように思います。研磨痕から見ると確かに粗い感じはあるのですが,他の緻密な仕上げ砥石と同レベルの切れ味・食い込みがあります。研削は早いのに刃先が荒れない機構があるのかもしれません。

供給元の砥取家によると,丸尾山砥石の粒度は#7000〜#9000とのことです。しかし#8000の人造砥石,#12000のラッピングフィルムよりも研磨痕は浅く見え,無筋のものを使えば西洋剃刀にも実用レベルの刃がつきます。筆者は#12000以上となるような研ぎも可能とみています。

丸尾山砥石には非常に多くの種類がありますが,研磨力はどれも大きく,差はあまりないと感じます。また同様に粒度の差も少ないです。しかし吸水性や硬さに関しては砥石の種類,層,採掘時期による差が大きいです。このことは研磨力が高い砥石で硬さや吸水性により好みのものを選べることを示しています。もし自分の好みに完全に合致するものを見つけられれば,その性能の高さに驚嘆することと思います。

他の山の砥石は持ち合わせが少ない中での比較となりましたが,優秀な砥石もありました。特に神前産の巣板は丸尾山砥石に匹敵する研磨力でありながら,粒度はさらに細かく,よく切れる刃がつく素晴らしいものでした。また大平産の戸前も緻密で美しい研ぎ上がりになりました。

粒度の関係で丸尾山産の砥石で研ぐと地鉄の肌はあまり出てきません。全体が上品に曇る感じです。神前産,大平産はかなり細かく緻密で肌が出てきます。二つ所持している尾崎産の合砥は非常に細かく緻密です。研ぐごとに,ほかの合砥でついた曇りが取れていき,まるで霧が晴れるかのように地・鋼ともに輝き出します。文字を写し込んだ画像でも,そのことが明白になっています。

鋼材との相性という点で見ると,これは丸尾山砥石が抜きんでているように感じます。特筆すべきはステンレス系刃物の仕上げで,これは他に代わるものがないほどに優れていると思います。

丸尾山砥石にはもう一つ優れている点があります。それは採掘者から直接購入できることです。「正本山」などと書いてあっても筆者は信じませんが,丸尾山砥石は直接購入ですから何の疑いもありません。当たり前のように感じるかも知れませんが,将来を想像してみてください。100年後には,偽造した「蔵砥」の判を押した偽物の丸尾山砥石が飛び交っているのかもしれないのです。






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